2018年10月08日

戦艦武蔵や巡洋艦インディアナポリスを発見したポール・アレン氏 次なる発見は?

今度は9月から1944年6月に日米海軍が激突したマリアナ沖で調査活動を行っているとか。

太平洋戦争当時世界最大級と言われた戦艦武蔵や原子爆弾をテニアン島へ運んだ後に撃沈された、アメリカ海軍の重巡洋艦インディアナポリスなどを発見したマイクロソフト創設者で富豪のポール・アレン氏。

戦艦武蔵
太平洋戦争当時世界最大級と言われ、1944年のレイテ島沖海戦ではアメリカ海軍機に大量の爆弾と魚雷を撃ち込まれて沈んだ戦艦。

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重巡洋艦インディアナポリス
広島・長崎に投下するための原爆の部品などを、テニアン島に運んだ後に日本潜水艦伊58に撃沈されました。
原爆運搬任務の様子が、ニコラス・ケイジ主演の「パシフィック・ウォー」として今年映画化されてます。

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その他にも、レイテ沖海戦と同時にあったスリガオ海峡の海戦でアメリカ戦艦隊に砲撃されて沈んだ、戦艦山城・扶桑なども発見しているポール・アレン氏です。



調べたらNHKのニュースウォッチ9で取り上げてます。
ネットに上がっている記事が、こちら

世界初 調査船に乗船取材

この見出しでは、そりゃ検索してもヒットしないでしょう。
ポール・アレン氏の名前もマリアナと言う地名も、戦争とか沈没と言う言葉が一つも入ってないんだもの。
何を意図してこの見出しを付けたのか、理解しがたいです。

調査チームも、どの艦を探してるかをNHKの取材チームに口止めしてるし。

このマリアナ沖海戦で沈んだ艦は、5隻。全てが日本軍。
内2隻はタンカーで、その内1隻は味方駆逐艦が雷撃処分したもの。

残り3隻が空母。しかも3隻全て。

空母大鳳
当時、最新鋭だったこの空母は、アメリカ潜水艦の雷撃で沈没

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空母翔鶴
真珠湾攻撃からの歴戦の空母。こちらも潜水艦の雷撃で沈没。

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そして空母飛鷹
日本商船の貨客船「出雲丸」を空母に改造したもの。
潜水艦による雷撃か、アメリカ空母機の雷撃か・・・沈んだ原因は2つの説があるようです

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おそらくはこの3隻のいずれかをターゲットにしてるのでしょうが、NHKが取材した時点では台風などの影響で調査は難航中とのこと。

NHKの取材にコメントを求められた、大和ミュージアムの戸一成館長は「戦争でどんな悲惨な事があったか理解すること(中略)沈んだ艦を探すことは大事」と述べ

ポール・アレン氏も「祖国のために帰ってこなかった人達を忘れないために(後略)」と述べています。
※この2人のコメントは、上記NHKのリンク中にあります。

戦争反対?そんなもん、当たりまえ。
だからこそ、先の戦争でどんなことがあったかを知る事が一番大事だと私は思ってます。

しかし「負の歴史」と隠そうとする連中がいる。
しまいには「戦争美化」と言いだす連中がいる。

戦争を起こさないようにするのであれば、まずは何があったのかを知ることから始めなきゃ。
と私は考えるのですが、皆さんはどう考えますか?


※記事中の艦船の画像は、全てウィキペディアから引用してます。
撮影から70年以上経過、著作権は消滅していると判断して引用元は明記していません。

※沈没原因もウィキペディアを参照しています。
ウィキも当時の戦闘詳報を参照。いわゆる公的な書類と判断し、採用しています。










posted by てっちゃん at 21:52| Comment(0) | 第2次世界大戦や太平洋戦争のお話し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月17日

終戦の日 特攻について思う

ぶつかったとき、どんな気持ちだったんだろう・・・。戦死した中尉の妹さんは、突入され炎上する駆逐艦の映像を見ながら、そう言って涙を流されたそう。

何でこんな「無謀な」作戦をするに至ったのか等々、いろんなことはひとまず置いといて
まずは「こんなことがあった」事実を知るところから始めようかと

でもね
ある意味とてもデリケートな部分でもあること
私なんぞが触れてもいいものか、と言う想いも正直あります

だいぶ前の産経の記事なんですが、アップしそびれてました。この記事とは別の画像と共にアップします。

今回見た記事はこちら

産経WEST 2018.05.27
「我敵艦に必中突入中」打電後、米駆逐艦が大破炎上 米の映像で特攻の最期特定 京都の慰霊祭で上映



記事の概要はこう
@大戦末期1945年4月に、沖縄近海へ特攻隊として出撃した中尉が突入した駆逐艦の映像が見つかった
A中尉は神雷部隊第9建武隊として零戦で突入。突入された駆逐艦ヘイゼルウッドは大破、艦長以下46名が戦死。
B遺族から依頼を受けた団体が、アメリカ国立公文書館で映像と関連文書を見つけ、今回妹さん3人が映像を見た

というもの。

突入された駆逐艦ヘイゼルウッド

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これとは別な話ですが・・・
東南アジア海域で陸軍の特攻機に突入された、イギリス海軍の重巡洋艦サセックス
右舷後部に突入した機体の痕がハッキリとついてます




重巡洋艦サセックスの艦影全体

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同じスレッドには、こんなツィートも




突入したのが旧日本陸軍のキ51 九九式軍偵察機もしくは九九式襲撃機

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調べてみると、第3航空軍独立107教育飛行団第3教育飛行隊で編成された「七生昭道隊」99式軍偵察機のようです。
(調べた限りでは、これが一番確率が高いかと)

「我敵艦に必中突入中」と打電し敵艦に突入した、当時23歳だった西口海軍中尉。
イギリス巡洋艦に突入した、おそらくはまだ若かったであろう、陸軍機の搭乗員たち。

当時の敵艦隊の対空砲火はとんでもない物量。
弾幕の中をかいくぐり、敵艦が目の前に迫ってきた時

彼らは何を思ったんだろう。





※今回取り上げた画像は全て70年以上前のもの。著作権の時効は70年なので、引用元に関しては割愛してます。

























posted by てっちゃん at 19:12| Comment(0) | 第2次世界大戦や太平洋戦争のお話し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月26日

熊本県錦町にできる戦争資料館 まるで遊園地だと反発の声

この記事を読む限りですが「もう少しお互いが歩み寄れないかなぁ」と感じます。
でも、若い世代や子供たちにはこう言ったアプローチも必要なんじゃないか、とも思います。

記事はこちら

戦争資料館「まるで遊園地」=平和目的記載なく、市民反発−人吉基地跡地・熊本

記事から見受けるに市民団体側としては
@このミュージアムの設置目的に「平和目的」と言う記載がない
A「山の中の海軍の町 にしき ひみつ基地ミュージアム」と言う名称が、子ども相手の遊園地を連想させる
と言う所に反感を持っている様子です

逆に町側としては
@平和と観光の両方を目的とする施設に
A多くの人に来てもらわないことには、戦争を伝えることはできない
と言う考え

私としては、どちらの言い分もわかります
このご時世「平和がー」と大上段に構えていては、若い世代や子供たちは敬遠してしまう風潮があるのも確か
町側としてはハードルを下げたい意図もあるようです

さてここ熊本県錦町、戦時末期の1943(昭和18)年に旧海軍の人吉海軍航空隊基地が建設されました
ここでは搭乗員の養成はもちろん、整備兵の訓練も行われたそうです

珍しいところでは、トンネルを使った工場や弾薬庫、司令部や兵舎などもあったとか
この貴重な戦争遺構もアピールしていきたいようで、どんな展示がされるかも興味深いです。

以下に、この基地の歴史について書かれたページのリンクを貼ります
※資料館の公式サイトです

人吉球磨は秘密基地 人吉海軍航空隊の歴史

この基地では、通称「赤とんぼ」と言う初等練習機で搭乗員を養成していました。

やがて太平洋戦争末期の1945(昭和20)年。
搭乗員養成に使われていた、この「赤とんぼ」までもが特攻に駆り出されるようになりました
しかし最大速度は210q/h、爆弾と燃料を積んだら重くてフラフラだったようです。
※特攻ではアメリカ駆逐艦を撃沈した記録があります

制式名称が九三式中間練習機。元々操縦性が優れていたとかで、戦争中期には初等練習機として使われるように。
今の航空自衛隊ならT-7と言ったところでしょうか。

戦時中の様子がYouTubeにありました
最初の方は水上機型に改造された機体が映ってますが、3分20秒くらいから陸上機型が出てきます



この資料館の公式サイト
実際に戦争を体験した方が見たら、怒ってしまうかも知れません。
その気持ちもわからないではありません。

でも、若い世代や子供たちにはこう言ったアプローチも必要なんじゃないか
私はそう感じています

皆さんはどう思われますか?











posted by てっちゃん at 20:34| Comment(0) | 第2次世界大戦や太平洋戦争のお話し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月24日

特攻で沈没したアメリカ駆逐艦 海底での様子をCGで再現

太平洋戦争末期、戦況が不利になり追い込まれた日本は、航空機に爆弾を搭載し敵艦に突っ込むと言う「特攻」を行いました。
特攻機に体当たりされて沈んだ艦(フネ)の海底での詳細な様子を、3DのCGで再現することに成功したそうです。

ちょっと重いし、長めの記事です。
特攻に関心のある方はお読みくださいませ。

記事参照元 産経フォト 2018.06.22
沈没の米軍艦を3D再現 九州大など、沖縄戦

沈んでいるのは、アメリカ海軍の駆逐艦エモンズ(USS EMMONS)

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太平洋戦争末期の1945(昭和20)年4月6日。アメリカの空母機動部隊において、航空機攻撃などを警戒するレーダーピケット任務に従事。
このレーダーピケット任務は、艦隊の一番外側に位置し、日本機の攻撃を撃退するのが任務(対潜水艦哨戒任務も兼ねる時もあります)
それゆえ日本機の攻撃を一番受けやすい、とても危険な任務です。

この日、僚艦とともに特攻機の攻撃を受けたエモンズ。
5機同時に攻撃を受け、1機が艦尾に近い3番砲塔の喫水線付近に突入。
戦死60名と負傷者77名以上。艦長も戦死。
艦も被害が大きいため航行不能、修理不能と判断したアメリカ海軍の手で海没処分されました。
紹介したページにある写真には、その時にできたであろう破孔が見られます。

この艦が沈んでいるのが、沖縄県古宇利島の北方沖
島の位置はここ



2000年にこの海域で、時々油が浮いてきたことから発見に至ったとか
今はダイビングスポットとして有名なところだそうです。

沖縄のダイビングショップが、この艦のダイビングツアーを行っているそうです。
その中でこの駆逐艦エモンズについてや、海底での姿などを画像や動画を交えて、詳しく紹介しています。
記事は以下のリンクからご覧になれます。

https://www.owd.jp/top/ussemmons/

https://www.owd.jp/skill/omoshiroi/uss-emmons/

特筆すべきは
攻撃した機体の機種や所属部隊まで検証していること

突入した機体のエンジンとプロペラが、エモンズの艦尾付近に沈んでいて
旧日本陸軍の攻撃記録と、特徴的な2枚プロペラやエンジンから、旧日本陸軍の九八式直接協同偵察機と判明したそうです。

この攻撃は海軍と共同で敢行した「菊水1号作戦」の一環で(注・戦艦大和の出撃も含む)
出撃した九八式直接協同偵察機は、陸軍新田原飛行場(現・航空自衛隊新田原基地)から出撃した陸軍特攻誠第36・37・38飛行隊の26機。
中尉や少尉が指揮官となり、52名の搭乗員とともに出撃したとのこと。

旧日本陸軍の九八式直接協同偵察機と言うのが、こんな飛行機。
ウィキには「前線の地上部隊と緊密に協同しての偵察や観測および、要請があれば武装の機関銃や爆弾にて、地上攻撃(いわゆる近接航空支援)をも積極的に行う直接協同偵察機」と書いてます。

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初飛行が1938(昭和13)年、主脚が翼の下に固定されたこの旧式な航空機。最高速度は約350km/h。
特攻の際には破壊力を持たせるために、500kg爆弾を積んだとか。
遅い飛行機がさらに鈍重になります。

1945年当時、アメリカ海軍の空母に積まれていた主力戦闘機がF6Fヘルキャット。大馬力エンジンを積んだ、高速・高機動の戦闘機。
その速度は610km/hオーバー。

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レーダーで管制された高性能の戦闘機が待ち構えてる空域に、重い爆弾を積んだ低速の旧式機で突入しなければならない
今では考えられない戦法ではないでしょうか。

沈んだエモンズの艦体近くに一緒に沈んでる、特攻機の九八式直接協同偵察機の画像が以下のページにあります。

http://www.cubex.jp/archives/2588

http://www.cubex.jp/archives/2580

特攻と言うと零戦と言うイメージがありませんか?
でも敗色濃厚なところまで追い込まれた日本軍は、こんな旧式で鈍重な航空機まで投入していました。
それは陸軍海軍問わずです。

成功の確率がほとんど無いような、こんな作戦を日本軍はやっていた。
私達は知っておくべきではないでしょうか。

※この記事で使われている画像については、撮影されたと思われる時期から70年以上が経過し著作権が消滅しているので、画像引用元は記してありません。

















posted by てっちゃん at 21:24| Comment(0) | 第2次世界大戦や太平洋戦争のお話し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月09日

大空襲のあった豊川海軍工廠に平和公園ができました

豊川市ではこの海軍工廠跡地の一部を整備、平和公園として造成。この悲劇を後世に語り継いでいくために、施設を作りボランティアも養成したそうです。

太平洋戦争時に艦艇に装備する機銃やその弾丸、照準器などを生産。その規模は日本一を超え、東洋一とまで言われた豊川海軍工廠。
愛知県豊川市にあるこの海軍工廠は、太平洋戦争末期の1945(昭和20)年8月7日にアメリカ軍の大空襲を受け壊滅、死者2500人以上負傷者も10000人以上と言う大きな被害が出ました。

この空襲を行ったのは、サイパン・グアム・テニアンから出撃したB-29爆撃機124機と護衛のP-51ムスタング戦闘機45機

B-29爆撃機がこれ
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※画像引用元 https://ww2db.com/image.php?image_id=23342

P-51ムスタング戦闘機
air_mustang6.jpg
※画像引用元 https://ww2db.com/image.php?image_id=4809

たった30分の間に、500ポンド(250kg)爆弾3256発(約800トン)が投下された
2500人以上が死に、10000人以上が負傷
・・・と言いますが、どんな状況だったのか想像もつきません。

昭和20年当時50000人以上の人が働いていた、この工廠。
青年男子が戦地へと召集されていなくなる中、工場では多くの女性や女学生、そして12〜13歳の子供まで働いていたそうです。
犠牲者の中には、勤労動員された学生や女学生、国民学校高等科(12~13歳)も多く含まれていたとのこと。
※一説には空襲警報が出ているのに、退避指示が出ていなかったとの説もあります

豊川市では当時の火薬庫や信管置場などを整備、多くの人が亡くなった悲劇を当時の遺構と共に語り継いで行きます。
市の職員も「遺構とともに、当時のことを感じて欲しい」と期待しているそうです。

と同時に、市内の小学6年生の児童が毎年この豊川海軍工廠平和公園を訪れることが決まったとか。
地元紙の東愛知新聞では
地元の子供たちに戦争と平和について学ぶ機会が与えられる
と書いてます。
※記事参照元 東愛知新聞 6/5 豊川海軍工廠平和公園 市内6年生児童が毎年訪問へ


我が国周辺の安全保障環境が変わる今、過去に戦争によってもたらされた悲劇と平和について学ぶ機会が、子ども達に与えられるのは良いことですよね。
特に自分たちと同じ年ごろの子が、学校にも行けず工場で働かされていた事実も知ってもらうこと。そこにも大きな意義があると感じてます。

先の戦争に関するものを見せようとすると「キチガイ」じみた反対をする人もいる中、豊川市や豊川市議会では協力して計画を進めた様子。
自治体の英断に拍手を送りたいです
※記事参照元 豊川市議会議事録検索システム

ツィッターでは、早速出かけた人の感想も
犠牲になった女学生の遺書は涙を誘った
雰囲気がスゴイ
と言ったツィートが上がってます
※記事参照元
https://twitter.com/search?vertical=default&q=%E8%B1%8A%E5%B7%9D%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E5%B7%A5%E5%BB%A0%E5%85%AC%E5%9C%92&src=typd&lang=ja

愛知県のマスコミ各社も報道してるので、TBS系名古屋ローカルのCBCがYouTubeに上げてる動画をシェアしますね



最後、この豊川海軍工廠について豊川市がまとめた資料がいくつかあるのでリンクを貼ります
この記事も、これらの資料を参考にしました
※青太文字クリックで、該当ページが別タブで開きます

豊川市公式サイト 豊川海軍工廠について
※こちらでは公園についてはもちろん、火薬庫や信管置場についての解説もあり

豊川市観光協会 東洋一の兵器工場 豊川海軍工廠

また、こちらの史料は当時作っていた機銃弾などはもちろん、工具などの道具
働いていた方たちの給料袋や戦死通知と言ったものが、豊富な画像で紹介されています
こちらも必見(PDFファイル)

桜ヶ丘ミュージアム所蔵 豊川海軍工廠資料集

先の戦争のことが子ども達や若い世代に語り継がれるのは、とても良いこと
私達大人も学びなおすことが必要ではないでしょうか















posted by てっちゃん at 19:27| Comment(0) | 第2次世界大戦や太平洋戦争のお話し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする