2017年05月09日

零戦と秋水を撮りに三菱重工・名古屋航空宇宙システム製作所史料室へ 零戦編その2

今回は零戦の2回目。

この展示されている機体についての説明板

零式艦上戦闘機 ゼロ戦 IMG_5216

簡単に付け加えます
@11型〜64型まで各種あるタイプのうち、この機体は52型甲と呼ばれるタイプ
A52型甲は推力増強のため排気管を推力式単排気管とした
B20ミリ機関銃をドラム式給弾からベルト式給弾に変更。弾数が増えるのと同時に、主翼が厚くなり強度が増した。
敵であるアメリカも、F6Fなど強大なライバル機を投入してきたことから、対抗していくべくバージョンアップしてきたことがわかります。

展示されている機体に使われている部品が赤く示されてます

零式艦上戦闘機 ゼロ戦 IMG_5215

この図を見ると、エンジンも元の機体から取って使われてるようですが
この通り、ピッカピカ(^^♪

零式艦上戦闘機 ゼロ戦 IMG_5229

主脚です
今の飛行機みたく両方いっぺんに引きこむのではなく、片脚ずつだったそうです
両方一度にと言うのも可能だったのですが、それだと油圧システムの重量が増してしまう。片脚ずつなら軽量化も可能。それで片脚ずつにしたとか。

零式艦上戦闘機 ゼロ戦 IMG_5220_2

主翼の骨格や操縦席の背板
軽量化のために穴があけられてます。しかし、この穴も計算しつくされたもの。この穴によって、逆に強度が増したそうです。

零式艦上戦闘機 ゼロ戦 IMG_5219

プロペラのブレード
ところどころにある穴は、米軍機の機銃弾の痕
持ち上げると、ずっしりと重いです

零式艦上戦闘機 ゼロ戦 IMG_5217

機体外板です
ホントにペラッペラ。トタン板より薄い印象です。
これで空中戦で激しい機動をしたんだから驚きです
と同時に、アメリカ軍機の12.7ミリとか20ミリ機銃弾に撃たれたら・・・と思うと・・・。

零式艦上戦闘機 ゼロ戦 外板サンプル IMG_5233

私が見に行った日、空自の若手幹部も見学に来ていました
どんなふうに感じたのかなぁ。

零式艦上戦闘機 ゼロ戦 IMG_5200_2

次回はロケット戦闘機秋水に行きます。


※ヘタな写真ですが、画像については著作権を主張します。
無断転載については固く禁止します(exif情報見ればわかりますので、ご注意を)
もしこれらの画像を使いたいと言う方は、コメント欄にその旨ご連絡願います。そのため画像にはクレジット等入れていません。

































posted by てっちゃん at 05:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 小牧基地航空祭関連情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月08日

零戦と秋水を撮りに三菱重工・名古屋航空宇宙システム製作所史料室へ 零戦編その1

今日からいよいよ零戦に行きます。

「おぉ、来たか」と迎えてくれた零戦と秋水。
私には、この2機がホントにそう言ってるように感じました。
圧倒的な存在感に、思わず足が止まります。

名古屋航空宇宙システム製作所史料室 館内風景 IMG_5266_2

復元前の姿がこれ

零式艦上戦闘機 ゼロ戦 IMG_5214

この無残にも朽ち果てた姿から、ここまでキレイな姿に復元されました
復元に尽力された方々に敬意を表し、深く感謝します。

機体全景を横から

零式艦上戦闘機 ゼロ戦 IMG_5200_2

零戦について簡単に説明を
@第2次世界大戦時に活躍した、旧日本海軍の艦上戦闘機。今で言えば、アメリカ海軍のF/A-18ホーネットのような戦闘機です。ゼロ戦とか(数字の)レイ戦とも呼ばれています。
A映画「風立ちぬ」で有名になった堀越次郎氏が設計。開発は三菱重工が行い、中島飛行機(一部が後のSUBARUとなる)がライセンス生産
B初飛行は1939(昭和14)。総意生産数は10400機以上。11型〜64型まで10タイプ以上があり、主脚の代わりにフロートを付けた水上戦闘機型の二式水上戦闘機や、複座の練習機として零式練習戦闘機があります。

アングルを変えて何枚か

零式艦上戦闘機 ゼロ戦 IMG_5288_2

零式艦上戦闘機 ゼロ戦 IMG_0934_2

出撃するとき、パイロットはこの角度から愛機を見てたのかなぁ
どんな気持ちだったんだろう

零式艦上戦闘機 ゼロ戦 IMG_5291

垂直尾翼と尾輪
所属部隊を表すマークなどは見当たらなかったようですね。

零式艦上戦闘機 ゼロ戦 IMG_5278_2

見学台が付いてますが、操縦席の見学は三菱・小牧南工場長の許可が要るそうです

零式艦上戦闘機 ゼロ戦 IMG_5225

操縦席の説明板が2枚。その1

零式艦上戦闘機 ゼロ戦 IMG_5222

その2。この展示されている4708号機の操縦席とのことです
一度座ってみたいものです

零式艦上戦闘機 ゼロ戦 IMG_5221

まだまだ画像があるので、次回もこの零戦について
機体の細部などをご紹介します


※ヘタな写真ですが、画像については著作権を主張します。
無断転載については固く禁止します(exif情報見ればわかりますので、ご注意を)
もしこれらの画像を使いたいと言う方は、コメント欄にその旨ご連絡願います。そのため画像にはクレジット等入れていません。





























posted by てっちゃん at 06:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 小牧基地航空祭関連情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月07日

零戦と秋水を撮りに三菱重工・名古屋航空宇宙システム製作所史料室へ その2

零戦と秋水が収蔵されている三菱重工小牧南工場の史料室。
今日のネタは、屋外に展示されている自衛隊機の2回目。
航空自衛隊で活躍したF-104J戦闘機とF-86F戦闘機を紹介します。

最初にF-104J戦闘機

F-104J 56-8672 IMG_0926_2

説明板

F-104J 56-8672 IMG_0927

補足します。
@F-104と言う戦闘機について
アメリカ・ロッキード社が開発したジェット戦闘機。愛称は「スターファイター」。初飛行は1954(昭和29)年。アメリカのほか日本や台湾、ヨーロッパなど多くの国が導入。最後の有人戦闘機なんて言われたこともあったそうです。
※ロッキード社は後にロッキード・マーティン社に。そうF-22やF-35を作った、あの会社です。
A航空自衛隊との関わり
日本はJ型を導入。空自での愛称は「栄光」・・・ですが「マルヨン」と呼ばれることの方が多かったです。1961(昭和36)年に空自向け1号機が初飛行。1963(昭和38)年以降、201〜207飛行隊や実験航空団(現・飛行開発実験団)にも配備。1986(昭和61)年に、F-15Jの配備に伴い退役。
B三菱重工との関わり
1号機から3号機までは完成品を輸入した機体だったものの、その後ノックダウン生産(部品を輸入して日本で組立・生産)、さらにライセンス生産(ライセンス料を支払い、国内で部品を作り機体を製造)しました。もちろん、大部分はこの三菱重工・小牧南工場です。

現役時代の写真がありました
※1982(昭和57)年の千歳基地航空祭にて。203飛行隊にF-15Jが配備され始め、F-104Jも現役だったころ

新旧そろい踏み・・・?
新旧そろい踏み・・・? posted by (C)てっちゃん


正面から
コクピット、ホントに狭い(ー_ー)!!

F-104J 56-8672 IMG_0943_2

機体番号は56-8672
調べてみたら、1965(昭和40)航空自衛隊が受領。その後203飛行隊(千歳)や207飛行隊(那覇)で活躍した後、1983(昭和58)年に用途廃止になったそうです。
※記事参照元 http://dansa.minim.ne.jp/CL-F104-00-ZenkiPhoto.htm#672

F-104J 56-8672 IMG_0947_2

製造や修理の後にはテスト飛行を行います。
この飛行テストの時にあわや大事故?と言うトラブルから生還したテストパイロットさんの体験談がありました。

興味のある方、長文ですがぜひご一読願います。
※下記リンクをクリックで、別タブにて開きます。

『 三菱社内試験飛行 で体験した F-104J フラップ作動軸 の 折損トラブル 』


次にF-86F戦闘機

F-86F 62-7702 IMG_0948_2

説明板

F-86F 62-7702 説明板 IMG_0940

もう少し詳しく
@F-86と言う戦闘機について
アメリカのノースアメリカン社が開発したジェット戦闘機。開発が始まったのは1944(昭和19)年、太平洋戦争の真っただ中。初飛行は1947(昭和22)年。愛称は「セイバー」。朝鮮戦争で北朝鮮のMig-15相手に活躍した戦闘機です。

A航空自衛隊との関わり
航空自衛隊が創立されたのが1954(昭和29)年。その初代の主力戦闘機として1955(昭和30)年から導入されました。空自での愛称は「旭光(きょっこう)」通称「ハチロク」。ブルーインパルスの初代の使用機に選ばれ、1964(昭和39)年の東京オリンピックでは青空に見事な五輪マークを描いたことでも有名ですよね。
1977(昭和52)から実戦部隊から順次引退。1982(昭和57)に最後の機体が引退し、全機退役となりました。

B三菱重工との関わり
1955(昭和30)にアメリカから供与され始めたのと同時に、国内でも部品を輸入してのノックダウン生産→ぬ品も国内生産するライセンス生産と順次生産を開始。旧ソ連などの共産圏の脅威から日本を防衛する必要があったことから、早く機数をそろえたいと言う事情があったもようで、三菱・小牧南工場で300機が作られたそうです。

F-86F 62-7702 IMG_0939_2

F-86Fは小牧基地の中にも展示されてます。
オープンベースの時には見ることができますよ(^^♪

F86F #778 DSC09628
F86F #778 DSC09628 posted by (C)てっちゃん
※第3航空団第8飛行隊塗装

次回はいよいよ零戦に行きます。






















posted by てっちゃん at 08:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 小牧基地航空祭関連情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月06日

零戦と秋水を撮りに三菱重工・名古屋航空宇宙システム製作所史料室へ その1

零戦と秋水が展示されてる愛知県豊山町の三菱重工小牧南工場・史料室。ここを知ってから、ずっと行きたかった私。念願叶い行って来ました。

ここを知ったきっかけは、小牧基地(県営名古屋空港)に隣接するショッピングセンターに行くときに見えていた飛行機の姿。
道すがら三菱重工小牧南工場の前を通るのですが、建物の隙間からT-2らしき機体の一部が見えていて、ずっと気になってました。

調べてみるとここには史料室があって、T-2やF-104Jと言った航空自衛隊を退役した戦闘機などが展示されてるとか。
さらには名機と言われた零戦や、その他にも旧日本軍のロケット戦闘機「秋水」も展示されてるとのこと。
嬉しいことに予約さえすれば、一般の人でも見ることが可能。
これは行くしかないでしょ(^^♪

三菱と言う企業の史料室ゆえ、土・日はお休み。月曜日と木曜日のみのオープンです。
史料整理のため2017年5月末で一時休館と聞き、有給休暇取って行ってきました。

写真を多くアップするのと、史料室や機体についてある程度説明も入れて行きたいので、何回かに分けて記事を書いていきます。
@屋外に展示されている、航空自衛隊や海上自衛隊を退役した機体(4機を2回に分けて)
A屋内に収蔵されている零戦、秋水、MU-2をそれぞれ1回ずつ
B設計図やその他資料など収蔵物と史料室へのアクセスについて
とりあえずは6回くらいの予定です。

今日のネタは史料室前に屋外展示されてる機体について。
ここには4機があります。

名古屋航空宇宙システム製作所史料室屋外展示機 IMG_0920

画像左、正面ゲートに近い方から
@海上自衛隊HSS-2B対潜ヘリコプター
A航空自衛隊T-2練習機
B航空自衛隊F-104J戦闘機
C航空自衛隊F-86F戦闘機

アングルを変えて
これはなかなか壮観です

HSS-2B初号機 IMG_0922

まずは海上自衛隊を退役したHSS-2B対潜ヘリ
この機体はHSS-2→HSS-2A→HSS-2Bとバージョンアップしていった中で、B型の一番最初の機体です。

HSS-2B初号機 IMG_0921

説明板あります

HSS-2B初号機 説明板 IMG_0923

ちょっと補足しますね
@HSS-2とは
HSS-2はアメリカ・シコルスキー社が開発したS-61が元になっています。1959(昭和34)年に初飛行。派生したモデルのVH-3Dは、アメリカ大統領専用ヘリ「マリーンワン」として使われているそうです。

2016年伊勢志摩サミットでオバマ前大統領が来日した際のツィッター




A海上自衛隊との関わり
S-61を1963(昭和38)年にHSS-2として海上自衛隊が導入。初代HSS-2は日本の対潜ヘリ部隊の近代化に大きく貢献。日本独自の改良を加えていき、3代目HSS-2Bはアメリカ海軍のHS-3より能力が上回っていたとも。2003(平成15)にSH-60Jと交代しHSS-2は全機退役しました。

B三菱との関わり、そして日本のヘリ産業への貢献
この対潜ヘリは、1964(昭和39)〜1991(平成3)まで三菱重工がライセンス生産。導入に際し、このヘリがどれくらいの期間使えるかを知るため構造の疲労試験が行われました。その結果が新機種の開発時に何をいつどのようにやるのかを決める重要な資料となり、日本のヘリ産業への大きな貢献となっています。

HSS-2B初号機 IMG_0945_2

次に航空自衛隊のT-2練習機。
この機体、試作1号機。T-2で一番最初に作られた機体です。その意味でも貴重な機体ですよね。

T-2 試作1号機 IMG_0924_2

ブルーインパルスにも使われていましたね
※1982(昭和57)年、浜松基地にて

T-2#175
T-2#175 posted by (C)てっちゃん

説明板
これを読めば、T-2についてほぼわかります(^^♪

T-2 試作1号機説明板 IMG_0925

ちょっとだけ補足
@全96機が製造、そのうち92機がこの小牧南工場で作られた機体
A航空自衛隊の戦闘機パイロット養成に使われ、ブルーインパルスのほかアグレッサー(飛行教導群)でも使用
B教育訓練からは2003(平成15)で引退、最後のT-2は飛行開発実験団の#107が2006(平成18)に引退。

実験航空団(現・飛行開発実験団)塗装で展示
道路から見えていたのは、このオレンジの垂直尾翼でした

T-2 試作1号機 19-5101 IMG_0946_2

このT-2から派生したのが
@F-1支援戦闘機
※2005年浜松基地航空祭で撮影

F-1 #274
F-1 #274 posted by (C)てっちゃん

そしてT-2CCV(Control Configured Vehicle の略で、運動能力向上機と呼ばれる機体)
※2009年岐阜基地航空祭にて撮影。現在かかみがはら航空宇宙科学博物館に収蔵(リニューアルのため、一時休館中)

T-2 CCV(運動能力向上機)
T-2 CCV(運動能力向上機) posted by (C)てっちゃん

このT-2CCVで培われた技術が、後のF-2へ繋がって行きます。

さて三菱重工アゲ、三菱\(^o^)/で書いてますが、私は三菱の回し者でもなんでもありません(笑)
ただ、三菱と言う企業が日本の防衛に大きく関わってきて、さらに貢献してきたことは否定できない事実だと思ってます。

こう言う記事書いてると勘違いされる方もお見えになりますから、一言そえておきますね。

次は屋外展示機の2回目。
F-104J戦闘機とF-86F戦闘機についてです。


※ヘタな写真ですが、画像については著作権を主張します。
無断転載については固く禁止します(exif情報見ればわかりますので、ご注意を)
もしこれらの記事を使いたいと言う方は、コメント欄にその旨ご連絡願います。そのため画像にはクレジット等入れていません。

























ラベル:小牧基地 自衛隊
posted by てっちゃん at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 小牧基地航空祭関連情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月04日

今年のブルーインパルスは攻めてます

今年のブルーインパルス、期待大ですよw

小牧基地オープンベースでは、ブルーインパルスの飛行展示が見ることができるようになったものの
お隣の春日井市長やお花畑の共産党系団体のおかげで、飛行展示プログラムはフルに比べる貧弱な印象はぬぐえません。
そのおかげで「小牧スペシャル」なんて、あまりよくないお言葉を頂戴してます。

しかし

今年はちょっと違うみたい
ちょっと攻めてきたようです




先日も「市民団体」とやらが基地側にブルーの展示飛行をやめろーなんて申し入れをしたそうですが
それにも負けず、ここまでやってくれる空自・基地側の努力に感謝です

今日の予行の動画が上がってるので、シェアしますね♪
撮影者の501ELK様に感謝m(__)m

もう・・・今からワクワクが止まりません





posted by てっちゃん at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 小牧基地航空祭関連情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする