2019年10月21日

旧日本海軍の空母「加賀」が見つかったミッドウェイ海域 今度は空母「赤城」を発見

多くの将兵が戦死したミッドウェイ海戦。沈んだ艦は墓なんじゃないか、そう思うとこの発見の意義は何だろう。
私は死んだ将兵に思いを寄せるのとともに、戦争について考える機会でもあるのかな、なんて思ってます。

先日の「加賀」から30kmほどの地点で見つかった沈船が、空母「赤城」と判明したそうです。
ミッドウェイ海戦で沈んだ、日本空母4隻のうち2隻が見つかったことになります。



健在だった頃の赤城

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https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E5%9F%8E_(%E7%A9%BA%E6%AF%8D)#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB%3AAkagi_2.jpg

空母「赤城」は他の3隻の空母と共に、南雲忠一中将率いる第一航空艦隊の旗艦として出撃。
急降下爆撃機から2ないし3発の命中弾を受け、格納庫内にあった魚雷や爆弾に誘爆。
最後は味方駆逐艦の魚雷で処分。戦死者は200名あまり・・・と記録されてます。
※艦隊の戦闘詳報と各艦の記録、将兵の記憶でさまざまです

ただミッドウェイ島を攻略後に駐屯する兵士などが便乗していて、実際の数は不明との事。

「赤城」を見つけた故ポール・アレン氏のチームは、これで一度現場海域を離脱。
次はアメリカ艦艇を優先的に探索する計画だと、Facebookでは書いてあります。



posted by てっちゃん at 19:15| Comment(0) | 第2次世界大戦や太平洋戦争のお話し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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