2018年06月25日

あいち航空ミュージアムに寄贈された零戦のタイヤを見てきました

名古屋市緑区にお住まいの方が寄贈された、との事。太平洋戦争が終わって70年以上、持ち主の方がどんな形で零戦に関わっていたか、どんな思いを持っていたのか、出来ることならお話しを聞きたいですね。



ボランティアの合間に撮影
寄贈された・・・とか何か表示をするのかな?

あいち航空ミュージアム 零戦 タイヤ IMG_0559

零戦の主脚周りも撮ってきたのでアップ
機体前方に付いてます

あいち航空ミュージアム 零戦52型甲 IMG_0565

主脚の格納スペースがこんな感じ

あいち航空ミュージアム 零戦52型甲 IMG_0562

もうちょっとアップで
今の飛行機と比べるとシンプルな構造に見えます

あいち航空ミュージアム 零戦52型甲 主脚 IMG_0563

あいち航空ミュージアム 零戦52型甲 主脚 IMG_0564

三菱重工小牧南工場の史料室で見つけた図面の写真がありました

名古屋航空宇宙システム製作所史料室 展示資料 IMG_5273


零戦が開発されたころ、翼の下に主脚を固定していたのが、日本では主流でした
真珠湾攻撃にも参加した九七式艦上攻撃機に次いで、引き込み式を2番目に採用したのが零戦。

後で紹介するドキュメンタリーの動画では、緩衝装置は油圧と空気圧を利用し、折りたたみ機構は油圧を使っていたとか
三菱重工小牧南工場の史料室で、脚の折りたたみ機構を再現した装置を再現したものがあったようです
この史料室行ったことあるけど、記憶がない・・・

動画がこちら
15分弱の動画、8分45秒過ぎから主脚、その後で尾輪の解説もあります
三菱重工小牧南工場の史料室での再現の様子も入ってます
































posted by てっちゃん at 20:50| Comment(0) | あいち航空ミュージアム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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