2017年05月14日

零戦と秋水を撮りに三菱重工・名古屋航空宇宙システム製作所史料室へ MU-2編

三菱重工の名古屋航空宇宙システム製作所史料室に展示されているのは
第2次大戦中の零戦と秋水、そしてこのMU-2。
MU-2も三菱と言う会社のみならず、日本の航空機産業に大きく貢献した飛行機と言えるでしょう。

MU-2の開発について
@1960(昭和30)年代初頭、次期戦闘機の調査で訪米したある課長が、アメリカで多くのビジネス機が飛んでいるのをみて「これなら三菱にもできるんじゃないか」と企画・開発を始めたのがMU-2の始まりです。
Aコンセプトは軍民両用の小型ターボプロップ機。北米に売り込むことをメインに、ヨーロッパにも売り込むことを狙った。
B三菱らしさを出すために、基礎的な技術以外は三菱独自で開発。アメリカの航空雑誌や、三菱が戦前から作ってきた軍用機の図面なども参考にしたそうです。

量産〜生産中止
@初飛行は1963(昭和38)年9月
A高速での巡航性能や機動性、良好な操縦性能もあって27ヶ国で販売されたベストセラー機へとなり、総生産は762機に。
B新型ビジネスジェットに生産を集中させるため、1987(昭和62)年で生産中止。

自衛隊との関わり
@航空自衛隊では捜索救難機としてMU-2Sを29機導入。2008(平成20)年まで運用。
Aさらに空自では飛行点検機にMU-2Jとして4機導入し、こちらは1994(平成6)年まで運用。
B陸上自衛隊では偵察連絡機LR-1として採用、20機を導入して2016(平成28)年まで運用。

航空自衛隊MU-2S。2005(平成17)年の浜松基地航空祭で撮影 浜松救難隊所属63-3228号機

MU-2 #228
MU-2 #228 posted by (C)てっちゃん

史料室に展示されている機体の画像がこちら(6枚)

三菱MU-2 JA8737 IMG_5244_2

三菱MU-2 JA8737 IMG_5247_2

三菱MU-2 JA8737 IMG_5252_2

機内に入れるようになっています
いかにもビジネス機・・・的な感じ

三菱MU-2 JA8737 IMG_5253_2

身長171pの私だと、中腰?いやもう少し身をかがめて・・でないと機内が移動できないです
操縦席はこんな感じ

三菱MU-2 JA8737 IMG_5255_2

計器盤

三菱MU-2 JA8737 IMG_5254_2

機長席に座ってみた(^^♪
ウチのヴィッツより狭い印象

三菱MU-2 JA8737 IMG_5256_2

展示されているJA8737号機の経歴です
1969(昭和44)年1月初飛行
1969年8月にJA8737として登録。オーナーは三菱重工。
1998(平成10)年、海自・八戸航空基地にて胴体着陸事故
2012(平成24)年登録抹消。43年間飛び続け、史料室にて保存・展示。
※この経歴については「インターネット航空雑誌ヒコーキ雲 三菱MU-2研究」様のサイトを参考にさせていただいてます。
また、こちらのページでは軍民。両方のMU-2の経歴も紹介されています
http://dansa.minim.ne.jp/CL-MU2-00-index.htm#8620

MU-2については以上です。
次回は展示資料や、史料室へのアクセスなどについて取り上げます。


※ヘタな写真ですが、画像については著作権を主張します。
無断転載については固く禁止します(exif情報見ればわかりますので、ご注意を)
もしこれらの画像を使いたいと言う方は、コメント欄にその旨ご連絡願います。そのため画像にはクレジット等入れていません。

































http://dansa.minim.ne.jp/CL-MU2-00-index.htm#TOP
posted by てっちゃん at 19:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 小牧基地航空祭関連情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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