2015年03月28日

英霊を愚弄するにもほどがある(怒)

フィリピンの東、西部太平洋に浮かぶ島国パラオ。
ここでも、太平洋戦争では海や陸で激戦がありました。

海には撃沈された艦船が多く眠っています。
その中の1隻、給油艦「石廊」(いろう)に中国国旗が結び付けられてました。
3/21に共同通信の記者が発見、報道されたわけですが、23日には撤去され無くなっていたそうです。

誰が何の目的に、と言うのはわかっていませんが
まぁ、どこの国の人間か・・・決まっているでしょう。

来月には天皇陛下が慰霊に訪れることが決まっているパラオ。
それを知っての嫌がらせとしか思えませんね。
非常に腹立たしい思いです。

さて
この「石廊」と言う艦。どんな艦だったのか。
私、父方の祖父が戦艦「比叡」に乗ってたせいか、旧海軍の艦艇は割と名前を知ってるほう。
でも、この艦は全く知らなかった。

「石廊」知床型給油艦の1隻。主に重油の運搬を担当する、いわゆるタンカー。
同型艦は「石廊」を含め7隻。
こんな艦(画像は同型艦の「鶴見」)
Japanese_oiler_Tsurumi_in_1922.jpg
※画像引用元 ウィキペディア

1922年10月に竣工、海外からの重油輸送に従事したり
1923年の関東大震災では救援物資の運搬を行ってます。
太平洋戦争に入ってからは南太平洋方面への輸送任務に従事。
3回も潜水艦の雷撃を受け損傷しますが、沈没を免れてます。

しかし、3回目の雷撃後に入港したパラオで
パラオ大空襲を受け航行不能、翌日の空襲で大破擱座して船体は放棄されました。
その後船体は完全に水没したそうです。

艦長の北村富美雄 大佐(兵学校47期卒 神奈川出身)は空襲時に戦死。享年46。
乗員はウィキでは142名とありますが、どんな戦いをし、どれぐらいの人が生還できたか不明です。
太平洋戦争直前には、あの戦艦「武蔵」の猪口敏平 少将も、大佐当時に「石廊」の艦長を務めていたとか。

パラオ大空襲で撃沈される駆逐艦「若竹」
輸送船団を護衛し、避難しようとしましたが
直撃弾4発を受け15秒で撃沈されました
1024px-Sinking_of_Japanese_destroyer_Wakatake_1944.jpg

パラオの海に眠る「石廊」
沈没位置は水深40mほど、ダイバーには人気のスポットだそうです


たとえば・・・
猪口少将が最後の艦長となった戦艦「武蔵」や空母など大きい艦だと
戦闘時に爆弾や魚雷がどこに何発命中して、戦死者が何名で生還者はその後どうなったかまで詳しく記録があります。

でも、給油艦みたいな艦だとほとんど記録が見つからない。
もうちょっとスポットを当ててもいいんじゃないかなぁ・・・なんて思ったりもします。
厚生労働省に行けば「戦闘詳細」とかあるんだろうけど。

遠い南の海で日本のために戦ってくれた英霊たち
安らかにお眠りください。



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posted by てっちゃん at 14:40| Comment(0) | お出かけなど飛行機とは全く関係ない話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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