2018年06月26日

熊本県錦町にできる戦争資料館 まるで遊園地だと反発の声

この記事を読む限りですが「もう少しお互いが歩み寄れないかなぁ」と感じます。
でも、若い世代や子供たちにはこう言ったアプローチも必要なんじゃないか、とも思います。

記事はこちら

戦争資料館「まるで遊園地」=平和目的記載なく、市民反発−人吉基地跡地・熊本

記事から見受けるに市民団体側としては
@このミュージアムの設置目的に「平和目的」と言う記載がない
A「山の中の海軍の町 にしき ひみつ基地ミュージアム」と言う名称が、子ども相手の遊園地を連想させる
と言う所に反感を持っている様子です

逆に町側としては
@平和と観光の両方を目的とする施設に
A多くの人に来てもらわないことには、戦争を伝えることはできない
と言う考え

私としては、どちらの言い分もわかります
このご時世「平和がー」と大上段に構えていては、若い世代や子供たちは敬遠してしまう風潮があるのも確か
町側としてはハードルを下げたい意図もあるようです

さてここ熊本県錦町、戦時末期の1943(昭和18)年に旧海軍の人吉海軍航空隊基地が建設されました
ここでは搭乗員の養成はもちろん、整備兵の訓練も行われたそうです

珍しいところでは、トンネルを使った工場や弾薬庫、司令部や兵舎などもあったとか
この貴重な戦争遺構もアピールしていきたいようで、どんな展示がされるかも興味深いです。

以下に、この基地の歴史について書かれたページのリンクを貼ります
※資料館の公式サイトです

人吉球磨は秘密基地 人吉海軍航空隊の歴史

この基地では、通称「赤とんぼ」と言う初等練習機で搭乗員を養成していました。

やがて太平洋戦争末期の1945(昭和20)年。
搭乗員養成に使われていた、この「赤とんぼ」までもが特攻に駆り出されるようになりました
しかし最大速度は210q/h、爆弾と燃料を積んだら重くてフラフラだったようです。
※特攻ではアメリカ駆逐艦を撃沈した記録があります

制式名称が九三式中間練習機。元々操縦性が優れていたとかで、戦争中期には初等練習機として使われるように。
今の航空自衛隊ならT-7と言ったところでしょうか。

戦時中の様子がYouTubeにありました
最初の方は水上機型に改造された機体が映ってますが、3分20秒くらいから陸上機型が出てきます



この資料館の公式サイト
実際に戦争を体験した方が見たら、怒ってしまうかも知れません。
その気持ちもわからないではありません。

でも、若い世代や子供たちにはこう言ったアプローチも必要なんじゃないか
私はそう感じています

皆さんはどう思われますか?











posted by てっちゃん at 20:34| Comment(0) | 第2次世界大戦や太平洋戦争のお話し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする